噛んだ瞬間に鳥肌がたった。
「もっと歯を入れて」。耳元で鯖が囁く。
クリッと音が立つかのように、勇壮なサバに歯が吸い込まれると、じっとりと上品な甘みが広がった。
脂の甘い香りが、全体にあって、それがゆるゆると口の中から鼻腔へと流れ、官能をくすぐる。
そこへさっと粋な酸味が、刺す。
ああ、これが鯖か。これが鯖という魚の力なのか。
そうなんども心の中で呟いた。
松山「馳走屋河の」でいただいた、藤本漁師の鯖は、かくも凄まじい。
生命力に溢れて、生きとし生けるものとしての孤高なる、純粋の凛々しさが胸に迫る。
魚の生命を奪って、人間が生きながらえる。
その意味を、教えられる鯖だった。
一方、鯛は妖しく、誘惑する。
1枚目は、箸先で醤油を数滴つけて、食べた。
皮下の脂だけでなく、身全体に脂の甘い香りが回っていて、それがもっちりとした食感の中から顔を出す。
噛めば噛むほどに、味わいが湧き出てくる。
鯛は、飲み込むことを否定しながら、「もっと噛んで」と言ってくる。
できうることなら、永遠にこの鯛と舌で戯れたい。
そう思わせる鯛は、本日300匹上がった鯛の中から、藤本さんがよりによっった1匹であるという。
もっと食べたい。
お代わりをしたかったが、お代わりをしてはいけない気品があって、思いをとどめた。
そうして僕は、二切れの鯛の刺身と濃密な時間を過ごし、「一生君のことを忘れないよ」と、静かに別れを告げた。
松山「馳走屋河の」のゆるぎなき、一点の曇りもない全24皿の料理は、別コラムを参照してください