《手織りという意味》

日記

《手織りという意味》
京都府は与謝野町に来ている。
300年の歴史がある丹後ちりめん織物業の一軒、kuskaを訪ねた。
京都という大きなマーケットが近くにあったため、日本の絹製品の70%を作り、1971年のピークには、1000万反、 地球四周半分量の絹を織っていたという。
しかし今は、30万反、マーケットは10/1に減少した。
平井堅に似たkuskaの社長楠さんは、東京で別の仕事をしていて、家業を継ぐつもりはなかったが、大好きなサーフィンができる環境で、家業を続けるのもいいかなあと与謝野に戻られた.
当初は市場の縮小もあって、かなり苦労されたというが、思い切ってすべて手織りに変えた。
その芯となったのは“美意識”だという。
今製造業は、いかにコストを積み下げて作るかを考えるが、与謝野は、コストを度外視して、いかにいいものを作るかを続けてきた伝統がある。
そうして出来たものは、風合いや質感が圧倒的に違う。
そのため、織り機もすべて木製にし、自社でカスタマイズした。
鉄の機械とは違って、釘を使わずに組み立てた木製の機械はしなりがあり、揺れるので、縦糸と横糸に隙間ができる。
その微かな隙間が、光沢と艶を生むのだという。
こうして高品質な男性服飾品を作り出し、下請けから抜け出して、オリジナルの商品を作り、直販に変えた。
今では世界に認められ、ロンドンのサビルローにも卸しているという。
最後に楠さんに聞いてみた.
「あなたにとって絹織物、丹後ちりめんとはなんですか?」
即答だった.
「生きた証です」。
そう答える彼の目には、300年の伝統を受け継ぐ者の、覚悟が燃えていた。