良き、正しきお茶は、心を沈め、束縛から解き放ち、精神をゆっくりと清めていく。
例え周りに人がいようとも、空間は、自分とお茶だけになり、静かな対話が始まる。
都会の速度が緩み、ありとあらゆるしがらみの汗が抜け落ち、沈思黙考する。
良きお茶を飲む時間は、瞑想なのではないか。
台湾にある老舗茶屋四代目のアンジェラ先生がいれるお茶を飲みながら、深く思う。
「あなたにとってお茶とはなんですか?」
先生はしばし考えてから答えられた。
「お茶は先生です」。
「同じお茶でもあっても、毎回淹れるたびに味が変化する。穏やかな時、イライラしている時と言った自分の心の動きでも味が変わる。飲めば飲むほどに、様々なことを教えてくれる先生です」。
そう静かに答えられた。
その日飲んだのは、2300mの標高で作られる烏龍茶、2019年の鉄観音、2020年、91才の人間国宝ジャンショーエン氏が作った東方美人、最後は台湾から離れ、プーアール茶を飲ませていただく。
台湾の三種はどれも烏龍茶だが、次第に発酵が深くした茶の順である。
最初の烏龍茶の一煎目の可憐で清らかな味わいも、鉄観音の熟した果物の香りとうまみなど、ろ
いずれも言葉をなくすほど、最も考えさせられたのは、東方美人だった。
もし桃源郷というものがあるなら、そこで飲まれているのは、このお茶だろう。
花の蜜のような香りが、鼻腔をくすぐり、気品のある甘みが、口の中にゆっくりと広がっていく。
あえかなり。
しかしその淡さは貴婦人の色気であり、余韻がいつまでもたなびく。
飲み終わると唇に、甘みがくっついて離れようとしない。
東洋美人の魅力を生み出すウンカにはを食べてもらうため、茶畑の周りを大きな木で囲い、食われた葉だけを集めて、手作業で丸めていく。
そして91歳のジャン氏の感覚と経験により、湿度温度、空気の流れを操り、発酵させていく。
ジャンさんの、たった5gで2000枚の葉を使うというお茶は、オークションにて、75gで百万円の値がついたほどだという。
しかしながら、それで現世から解き放ってくれるなら、充分な価値があるのではないだろうか。