目を閉じると、森の闇にいた。
時折風が歯を揺らす音と、遠くで小動物が蠢く音がする。
あたりの空気は、犯してはならない、そういう毅然たる気品を漂わせている。
なんという透度のあるおいしさなのだろう。
「パッソアパッソ」の茸のスープ。
鴨とアナグマの骨でとったブロードに、50種の茸を入れて、静かに静かに煮だしてある。
塩があるはずなのにそれさえ気づかせない、自然がある。
甘み、酸味、苦み、痛快な歯応えやぬめっとした感覚、豊かな香り、
様々な茸の息吹が、唇や舌や歯や鼻腔に働きかけながら、静かなスープが喉に落ち、細胞に染み渡っていく。
おいしいともいえないような、敬虔な味わいに、再び目をつむる。
2013
極めておいしいものとは、どうして妖しい味がするのだろう。
「パッソアパッソ」で出されたアニョロッティは、ただのアニョロッティ、セージクリームではない。
中に富士で捕獲された、ツキノワグマの挽肉が詰められているのである。
クリームソースの優しいうまみを感じながら、皮を突き破ると、肉の餡に歯がふれる。
二回三回と噛むうちに滋味の底から、凛々しい野生の香りが立ち上ってくる。
なにかこう、俺はまだ死んでいないぜという猛々しい匂いなのである。
危険である。
体に眠っていた野蛮を叩き起こすたくましさと、真の自然だけがもつ神秘を感じさせる品があって、笑いながら、精神が上気していく。
コーフンさせておきながら、セージの明晰な香りが気を静めるので、再びその魔力を食べたい気持ちがつのって、、それが、噛むごとに膨らんでいく。
体に強い気を送られて、鼻腔が膨らんだかと思えば弛緩させられる。
自然は怖い。
そして妖しく、極めておいしい。