今年最大の発見かもしれない。
サーファーと米軍の街、沖縄北谷に忽然と現れたスペイン料理、「ARDOR」である。
なにしろ造りがいけている。
静かな闇に浮かぶ、タコを形どった仰々しいドアを開けると、また黒い扉がある。
赤と黒で統一された小部屋には、意味ありげなものたちが飾られている。
そこを開けると、厨房と並行した長い長いカウンターが現れる。
働くシェフたちの後ろには、薪火が燃えている。
こんな造りの店は見たことがない。
食いしん坊なら誰しも、扉を開けた瞬間にやられるに違いない。
食欲が前のめりになって、顔がだらしなく緩むに違いない。
一皿目は、愛農ナチュラルポークのハムと地野菜が盛理合わせられている。
ハムを一口食べたらどうだろう。
なんともしとやかで気品がある。
ゆるゆると溶ける脂と、たおやかな肉が抱き合って、歯の間で舞いながら消えていく。
なくなっていくのが、寂しくなるハムである。
滋賀県産牛肉のタルタルを食べて驚いた。
命を感じる艶かしさがある。そこにトリュフが香って、時を妖しくする。
スペインのワインを流せば、血脈が生まれ、どくどくと牛が体の中で脈打っているかのような倒錯に、めまいする。
味付けが最低限で、切り方も考え抜かれているのだろう。
作った女性シェフに聞けば、「ケイパー、塩胡椒、エシャロットに少しだけ卵黄です。でも毎回牛の状態が違うので、味付けも切り方も変えています」。
牛肉は生より加熱した方が味は濃くなる。
しかし生だけが持つ色艶は、うますぎてしまうと消えてしまう。
そのことを熟知した、精妙で勇気のあるタルタルだった。
さらには「スペインのガルビュールです」。と言ってシェフが出してくれたスープは、どこまでも穏やかに舌を包み込む。
でも生ハムを使った出汁のたくましさが潜んでいて、心をがっしりと掴むのである。
さらには、愛農ポークの背脂などを使ったという血のソーセージ、モルシージャの卵とじは、澄んだ味わいがする。
数々のモルシージャを食べたが、こんなにも雑味なく、すうっと口と馴染でいく感覚は味わったことがない。
添えられた島バナナのピュレの甘みが、ソーセージの鉄分とよく合う。
以下次号。
2020年閉店