江戸幕府ができた頃に生まれたブナの古木か、目の前にそびえる。
樹幹6メートル、樹高30メートルという、日本一の巨木に認定されたブナは「森の神」と呼ばれている。
三頭木という、幹が三つに分かれて伸びる樹には、神が宿るとされ、奇跡的に切らずに今を生きている。
苔に覆われた幹は、神々しさに満ちて、神秘を滴らせ、根元は、地上に剥き出た太い根が、四方へ向かって大蛇の如く、のたうつ。
物言わぬ大木と対峙しながら、見えぬ力を体に受け、脳を空っぽにした。
鳥も鳴かない、車の音もしない、さわさわと葉の擦れる音だけが響く森の中で、古木と話し合った。
30分はそうしていただろうか。
森の神に別れを告げて、車に戻る。
ふと時計を見れば、なんと1時間半もたっていた。
時空がずれているのか。
瞼の裏に残る森神の雄大な異形に、畏怖を抱きながら、いつかまた会いたいと慕う心が芽生えている。
奥入瀬にて。