「焼きそばの予約注文が、大量に入っているんだなあ」。
赤岡の「いづみや食堂」に入った瞬間に、そう思った。
なにしろ、1メートル半はあろうかと思われる横長の鉄板一面に、焼きそば麺が広げられ、じわじわと焼かれているのである。
おそらくその量は、30人前はあるだろう。
外の看板には、「愛されつづける味 とんぺい焼き 焼きそば いづみ屋」と書かれ、おばちゃんと丸坊主のおっちゃんの絵が描かれている。
すでに店内には、常連らしきおじさんが二人鉄板前に座り、焼きそばを食べるわけでもなく、酒を飲みながら世間話をしている。
「焼きそばください」。
「一人前?」と、おばちゃんが聞いて、作り始めた。
鉄板に広げた麺を脇に寄せてスペースを作ると、具材を炒め始める。
まずは、豚肉とイカゲソ、かまぼことキャベツである。
まあかまぼこというのが珍しいが、ここまではフツーの焼きそばの手順である。
次に、奥から何かが入った袋を取り出し、袋の中に手を突っ込んで取り出すと、炒めた具材の上にたっぷりかけた。
ベビースターラーメンか?
5〜7センチほどと短く、細く、茶色く縮れた、固い麺である。
うむ。
どう見ても、ベビースターラーメンにしか見えない。
具材と合わせると、塩胡椒、味の素、だしの素をふりかけ、さらに炒めた後、ケチャップ! をかける。
続いてソースをかける。
完成である。
ベビースターラーメン以外は入れられてない。脇で大量に炒めている麺は、使わないのか?ますます謎は深まるばかりである。
食べれば、ベビースターラーメンのような麺は、ゴムの切れ端のようであるが、具材の水分やソース、ケチャップを吸って、少しふやけている。
焼きそばというより、おやつや酒の肴にもよい。
主食かおやつの中間で、妙にあとを引く。
「ずずっ」と、焼きそばをすする感覚は一切ないが、歯の間でモチッと弾む短い麺が愛おしい。
麺の秘密を聞けば、おばちゃんはことなげに語る。
「ゆがいた麺を、鉄板の上で1時間半から2時間炒めるのや。時々焦げんように返しながらな。こんな手間かけとるところは、他にはないで。この鉄板の上の麺? ああいつらはまだ20分くらいや。これから1時間は炒めなあかん」。
つまり長時間炒めて、徹底的に水分を抜き、それを再び炒めることによってソースやケチャップの味を吸わせるのである。
これぞ“焼き”そばではないか。
高知赤岡で昭和24年に創業し、先代が考えたやり方を70年、守っているという。
「先代の時はもっと固かったんや。そのうち客の好みに合わせて調整してな。今の姿になった」。
かつて赤岡は、もっと繁栄していた。
今はなき映画館も、松竹と日活の二軒あり、税務署や裁判所もあったという。
現在は駐車場となっている「いづみ屋」の隣はパチンコ屋で、「いづみ屋」は、景品引換所もかねていたと聞く。
きっと、パチンコで負けた人の心を和ませ、勝った人の心を弾ませたのだろう。
「いづみ屋」の個性的な焼きそばには、永年庶民と寄り添ってきたものだけが持つ、温かさがあった。