シイタケの母は、危機に面していた。
前号でご紹介した、「宗安寺きのこセンター」の大坪久仁子さん(75)である。
しいたけ栽培は軌道に乗り、ナメコやキクラゲも生産できるようになっって、ビジネスとしても成功していた。
しかし14年の集中豪雨で施設が浸水し、菌床に被害が出、直後に夫がなくなるご不幸も重なったのである。
なんとか施設を修繕し、被害前の5割ほどまで生産ができるようになったが、70歳となって気力も体力も落ち、きのこを作っていこうという思いが萎えかける。
後継者はいない。
そんな時、たまたま知人から話を聞いて訪ねてきたのが、森雄二さん(50)だった。
森さんは在京デベロッパーの高知市社長という、まったく関係ない仕事をしていたという。
しかしいつかは農業で独立したいという考えを持っていた森さんは、大坪さんと何回か話すうちに、きのこ作りを一生の仕事にすることを決意した。
事業譲渡し、森さんは受け継いだ。
だが、施設も技術も確立していたとはいえ、きのこづくりは簡単にはいかない。
人工栽培とはいっても、相手は自然である。
今も大坪さんの厳しい指導を得ながら、試行錯誤を続けている。
菌床を見せていただいた。
湿度と温度が管理された、薄暗い施設の中で、菌床が息づいている。
もうキノコがニョキッと顔を出しているのもあれば、まだ菌が眠りについているのもある。
しいたけとキクラゲ、冬にはヒラタケとナメコを作るという。
暗く、静かな部屋の中で、成長しようとするキノコには、生命の神秘があり、生かし生かされている感謝が湧き上がる。
「最近凝ってこればっかり食べとる」。
そういって、大坪さんが調理して出してくれた。
皿の中には、表面がゴツゴツした黒い物体が、ぬめぬめと光っている。
甘辛く味付けされたそいつを食べれば、シコッと弾み、香りもいい。
「なんですかこれ?」
「これは、キクラゲの卵よ」
「キクラゲの卵?」
「そう。まあそう勝手にいっとるけどね。キクラゲが出る前にコブ状になったキクラゲがいくつか出るんよ。それはキクラゲの形にはならん。こん塊の形のままじゃき」。
平たく薄いキクラゲが、小さい塊になったと思ってもらうといい。
食べて思った。これは中国料理で使う乾燥ナマコを戻したものと食感が似ている。
形も似ている。
しかもナマコより味も濃く香りもある。
中国料理で使えるんではないか。
そう思い早速都内の中国料理店に持ち込んで見た。
ミシュランの星を持つ中国料理店のシェフは、「これは素晴らしい。 葱焼海参という、 干しナマコのネギ煮込みの様に作りましたが、 びっくりするほど美味しかったです。 また生がまた入るようでしたら、是非使わせて頂きたいです。うちの看板料理の一つになるかもしれないと思いました」。
また都内で3店舗ほど店をやられている、中国料理店のオーナーシェフは、早くの3品ほど作って試食し、「かなり食感が面白いですね!クラゲの頭のような形ですので、木耳頭のネーミングか黒宝石茸などもいいですね!」と、コーフンしてメールが返ってきた。
キクラゲの卵おそるべし。
木耳子か黒宝石茸か、山海鼠か。
近い将来、貴重食材として、美食家たちの間で取り合いになるに違いない。