〜きつねうどんはゆっくりと〜
こはく色のつゆの中で、白いうどんが出番を待っている。
お揚げは、静かに横たわり、青葱が彩りを添える。
つゆを一口飲む。
「はぁ〜おいし」。
一人なのに、思わず呟いてしまった。
温かい甘みと丸くなった滋味が、転がるように舌に広がって、手足を伸ばす。
うまいがうますぎない、ほどを知った味わいが、心をほぐす。
次にうどんをひとすすり。
讃岐うどんはのどごしを求めるが、大阪のうどんは“舌ごし”である。
つるりと唇を過ぎたうどんが、舌に吸いつくようにしなだれる。
柔らかな食感に「こんにちわぁ」と挨拶すれば、「仲良うしよな」と、うどんが答える。
やわくなめらかな肌は、噛もうとしても、3〜4回で消えてしまう。
いや消えるのではない、舌と抱き合い、同化していく。
そう思うほど、うどんはしなやかに生きている。
だからまとめてすすらない。
細いうどんなら3本くらい、太いうどんなら1本にして、少ない本数を愛おしみながら、口に上らせる。
甘い出汁を吸ったお揚げは、箸で持てば重く、噛めばお汁が滲み出る。
一旦噛み切りはするが、そのまま舌の上に乗せて、しばらく噛まない。
すると、「じっくりと炊かれましたん」と言って、汁がじわりと染み出してくる。
その言葉を聞いてから、噛んでやる。
こうして普段は早食いの僕も、きつねうどんだけはゆっくりと食べる。
朴訥な幸福と汁に溶けた人情を、心のヒダに染み込ませるために、ゆっくりと食べる。