「料理人殺すにに刃物はいらぬ。三日休めばいい」と、あるベテランの料理人から言われたことがある。
コロナ禍で無念なのは、老齢のために閉店を早められた方が、数多くいたことである。
毎日仕事を続ける。
このことが職人にとって、いかに大切だったのか。
少しの間が、気力の糸を切ってしまったのか。
現在85歳になられる、この鰻職人も店を閉められてしまった。
一度大病を患いながらも復帰し、毎日精力的にうなぎをさばき、串打ち、焼かれていたのだが、予約が途切れはじめて、仕事が減っていったのだろう。
3年前に運良く、彼の仕事に出会えてよかったが、もう一度訪れてお話を伺いたい。
そう思願っていたが、うかうかしているうちに引退されてしまった。
静岡にして江戸前の彼の仕事には、もう出会うことはできない。
寡黙なご主人に対して、チャキチャキの江戸っ子のような女将にも出会うことは、もう叶わない。
できることといえば、彼の仕事をうなぎの味を、おかみさんの人間味を、胸に刻み続けておくことだけだ。
3年前の投稿を載せます。
〜静岡にあって江戸前〜
82歳の鰻職人である。
病気されてから、やや手元がおぼつかないが、今日も八匹のうなぎと10数匹のドジョウをさばかれた。
小田原鴨宮「正直家」は、炭をおこし、包丁を研ぐとこから始まる。
ではその一部始終を、ここに記そう。
① 12時 店に入る
② 炭をおこし始める
③ 砥石を研ぐ
④ 大小二本の包丁を研ぐ ここまでで15分
⑤ 12:18分ドジョウを取りに行き、割き始める。中指と人差し指の間にドジョウを挟み、開きにする。
⑥ 12:44 ドジョウ終了
⑦ 12:50鰻をさばき始める
⑧ 13:20鰻のさばき終了。1時間20分経ち、いよいよ料理が見えてきた
⑨ 13:30心臓、肝臓、胆嚢、浮き袋に分ける。
⑩ 13:35焼き始める
⑪ 14:05ドジョウの柳川の準備
⑫ 14:30柳川の完成。噛むとふわりと歯が吸い込まれるが、かすかに爆ぜるような食感があり、ほの甘い気品があるドジョウ
⑬ 14:50白焼き登場 わさびすごい量
⑭ 15:00蒲焼き登場
⑮ 15;10ご飯や肝吸い(浮き袋入り)、おしんこ(豪華)登場
⑯ 蒲焼はふわふわして繊維がなきかのように消えていく。鰻のムースである。
⑰ 15:30 3時間20分に及ぶ食事終了
⑱ この待つ間は、お母さんの爆裂トークが 続く
⑲ お客さんから電話で、
「お前んとこはいつから偉くなったっんだ」
「なんのことでしょうか?」
「いつから偉そうに、予約を取るようになったんだ 」
「昔からです」。
あるいは電話で
「うな重出前してください」と、頼んでくる人もいるそうな。
「うちは出前をやってません」
「よそではやってるよ」
「ではそちらで頼まれたらいかがですか?」
「お客に向かってなんて言い草だ」
「お客に向かってっていうけど、あなたまだお客さんじゃないでしょう」。
当意即妙。小田原にあって江戸っ子のやりとりあり。
閉店