ほんとうのきしめん

食べ歩き ,

これがきしめんか。
ほんとうのきしめんなのか。
以前きしめんについてこんなことを書いた。
「きしめんの魅力とは、唇をすり抜ける時にあるのではないか。中略 きしめんは、あれより厚くても幅が広くでもいけない。
あの幅と厚さは、長い間きしめんとつきあってきた人間が、定めた機能美なのだ」
甘かった。
こんなきしめんがあったとは。
こんなつゆが、あったとは。
麺は、幅も厚さも大きく、長さも長い。
長いゆゆえに、途中で千切ろうとすると、ビヨーンと伸びるが、千切れない。
手強い麺なのである。
そのため通常のように、2、3本つかんではすすれない。
一本をたぐり寄せ、たぐり寄せて口の中に入れ、よくよく咀嚼する。
他のきしめんは、10回ほど噛めば消えていくが、これはモチモチと歯を押し返しながら、28回ほど弾んで、ようやく消えていく。
きしめんの根性が違う。
たくましいのだが、噛んだ後にふっと小麦の甘い香りが漂つて、心をなごますあたりが憎い。
男勝りの女性が、垣間見せた恥じらいに惚れてしまうのに、似ている。
また名古屋のつゆはどこも甘いが、この店のつゆには、一切の甘えがない。
昆布出汁がきいた、品のある旨味があって、しみじみとうまいのだな。
「おいしいです。こんなきしめんも、つゆも初めて出会いました」。
そうご主人に伝えると
「他と違ってウチだけ変なんです。変わりもんです。でも60以上の方が来られると、『昔の味だ』といって喜んでもらえます」。
きしめんの根性は、広まることによって失われていったのだろうか。
かけうどんもお願いした。
うどんの表面は柔らかく優しいが、芯にネチっとした強い意志がある。
こちらは、物腰の柔らかい女性が見せた勝ち気といった風情があって、心が揺れる。
大阪や京都とも、香川や博多とも違ううどんである。
またそれぞれについてきた海老の天ぷらは、きしめんが車海老に似た繊細な肉体と甘みがある、天然のブラジルピンク。
うどんの方は、マッチョなブラックタイガーだった。
恐るべし名古屋 千年の「千年ニコ天」。