鯉は清流を泳いできた。
うっすらと紅く染まった肉体を噛むと、クッとかすかな抵抗があって噛みしだく。
そこには確かな湧き水の清廉があって、さらに噛めばほのかな甘みが顔を覗かせる。
「私の甘みがわかるかい?」と問うてくるような、神秘さを持つ甘みである。
甘みがだれることなく、澄んでいて、それでいながら獣性のしぶとさもどこかかにある。
徳山さんは、鯉は3月の雄が美味しいという。
そう思うと中央に配した、子まぶしの刺身がいじらしい。
その後「鯉の皮焼き」「干し鯉のいいソース2種類」や「揚げ鯉」などが次々と出されたが、圧巻は「鯉の焚き物」である。
今度はメスときた。
相当大きな鯉だったのだろう。
鼈甲色に炊かれた太い腹のうえに卵がこんもりと盛られている。
炊いた鯉というのは、大抵の場合鯉の味というより煮汁の味で、身もあっさりとしていることが多いのだが、これは違う。
甘辛い煮汁と一緒に高みに登って行こうという鯉の意思があって、コーフンさせる。
そして酒を呼ぶ。
さらには、この卵をご飯にかけたらいけません。
ご飯に混ぜ込んだから、なおさらいけません。
甘辛いプチプチと、熱々ご飯の甘みが出会って、鼻息が荒くなるのです。
3/23徳山鮨にて