後一時間で、2020年を迎える。レバ刺し騒動から、もう五年半も経ったのか。
政府は、確実な大腸菌除去方法が見つかれば解禁すると約束したが、どうもやる気が見えてこない。
赤外線照射や、マイクロ波加熱などを研究したというが、本当だろうか。当時、決定を下した責任者は、レバ刺しを食べたことがないか、レバ刺しに恨みがある奴に違いない。
このままでは無理だろう。スタミナ苑の常連だったという,故小渕首相のような大人物が排出されない限りは。
レバ刺し禁止が施行される、最後の一ヶ月間は、すさまじかったなあ。多くの人間が、最後のレバ刺しを求めて奔走した。
日本一のレバーをうたう「金舌」は、瞬く間に予約が埋まった。最後のレバ刺しを食べる姿が次々とネットに上がり、AKBのメンバーも、食べる姿をアップした。
レバ刺しに感謝を捧げる「レバ刺しコム」がオープンし、レゴでレバ刺しを再現した画像が、人気を呼ぶ。 レバ刺しコンニャクは、売れ行きが40倍となり、レバ刺し風コンニャク作りセット「作ってみレバ」発売され、「明洞房」では、ムクでレバ刺しを開発した。
ユッケ禁止時には起きなかったこの「祭り感」は、どこから来たのだろうか。ユッケ以上に人の血を掻き立てる禁断が、行動を過熱化させたのだろうか。
目をつぶってみた。まぶたの裏には名店のレバ刺しが、次々と浮かんでくる。
最初に浮かんだのは、新宿「東京」だ。世界最強と呼んだレバ刺しは、五百円で、分厚く量が多く、コリッと噛めば、ねっとり甘い。
ああ、「スタミナ苑」も見えてきた。ご主人が、皿に盛ったレバ刺しを一切れをつまみ、
「ほらこうしてはがすと、隣のレバーがくっつくだろ。これが、脂がのっている証拠。四十頭に一頭しかいなんだから」。
押上「まるい」の、親と仔牛のレバ刺し盛りも浮かんできた。親に比べ、仔牛の優しい味が、なんともいたいけだったなあ。
京都「なり田や」も出てきた。細長く美しいのに、肉食い心を焚きつけてきたなあ。
京都といえば「安参」の、甘醤油とレバーの甘みが共鳴し合うレバ刺しも、もう食べられないのか。
おや次は、和光市の「伊藤ちゃん」。輝きにため息ついて、雑味のない甘みに、うっとりしたっけ。「
ここで鮮明に浮かんできたのは、最も多くレバ刺しを食べた、渋谷の「ゆうじ」だ。
ボルドーワインの深紅を、さらに深めた緋色が、艶やかに光る。長方形に切られたレバ刺しは、鮮度の高さを誇るように、角がピンと立って、さあ食べろと迫ってくる。
箸でつまみ、なにもつけずに舌の上にのせる。顎に力を入れる。「プチンッ」。レバーが弾け、舌にしなだれかかると、清冽な血の香りが鼻に抜けていく。
鉄分の渋みと脂の甘みがゆるゆると広がって、目を閉じる。「ふふふ」。笑うしかない。
レバーが生きていた。どうだとばかり、生きている血潮を湧き上がらせ、我々の胸に、命の喜びを突きつけた。
この辺りが政府の癪に障ったのかもしれない。庶民は、コーフンせずにもっと大人しくしていなさいと。
しかし庶民はしたたかだ。紹介制秘密レバー倶楽部が摘発されると、巧妙な裏組織が暗躍し始めた。また、「韓国レバ刺しツアー」が企画され、「自宅レバ刺しセット」が、秘密裏に売られている。
政府もすぐさま、「レバ刺しGメン」なる組織を作って対抗したが、最近ではこの通称「レバG」の、裏組織との癒着、不正経費が問題となっている。
我々は忘れない。あのエロティックな食感と血潮の香り、人間の内なる野性を扇動する味わいを。
なぜなら我々は、体に血と知性をみなぎらながら生き続ける、動物なのだから。