苺 黎明期1

食べ歩き , 日記 , 体験

昭和四十年、前年の東京オリンピックの浮かれ気分を覚ますかのように、ベトナムの北爆が開始され、マルコムXが暗殺された。

日本では、イリオモテヤマネコが発見され、笑点の前身である金曜夜席が放送開始し、エレキギターブームに世の中が沸いていた。

そんな時代の春、小学校四年生なった僕は、かねてよりの企みを、実行に移すことにした。

「苺洗ってくるから」と、手伝いをするふりをして、台所で軽く洗って、そのまま食べてしまおうという計画である。

わが家では、ヘタをとった苺を小鉢に入れ、牛乳をそそいで砂糖をかけ、つぶして食べるというやり方を、先祖代々、日々疑う事なく、粛々と行ってきた。

「よくよくつぶして食べなさいね」。必ず母からいわれたものだ。

なにしろ母は、

「苺の粒粒(表面にある変形しためしべ)は、お腹によくないから出しなさい」と、親から言われて育った人である。

口から苺の粒粒だけを出すという、高度なテクニックを磨き続けてきた人である。

苺を丸ごと食べていいのは、誕生日に食べる生クリームがついたショートケーキの苺だけで、そのままなにもつけずに食べるなんぞは、とてつもない蛮行にほかならない。

だからわが家に来た苺は、底がへこんだイチゴ用スプーンで、完膚なきまでにつぶされた。

苺が出されると、一同は心して、固まりが少しでも残らぬように、黙々と作業にいそしんだのである。

しかし僕はある日、固まりを少し残して食感の違いを楽しむのもいいかもしれない、と思いついたのですね。

つぶすふりをしながら、少しだけ残した固まりを、ミルクの海の中に隠蔽したのである。

なにごとも隠れてやることは、おいしさが倍増する。

けっこういけるじゃないか。そう思ったら次は、丸ごと齧ってやることを企んだのである。

そこで、先の台所である。ヘタをもってがぶりとやってやった。

「酸っぺぇっ」。

酸味が舌の両端を走って、頬の内側を刺す。酸味が過ぎ去ったあとに、微かな甘い香りが漂った。

苦味がそうであるように、酸味も大人の味覚である。

こりゃ酸っぱいやぁと感じながら、なにかを乗り越えたような気がして、わくわくした。

たまらず、あと一つあと一つと食べて、瞬く間に半減し、怒られた。

この話を二十歳の人にしたら

「えーっつぶして食べてたんですかぁ」と、驚かれた。

トマトに砂糖をかけていたという話をして、奇異な目で見られた時以来の反応である。

考えてみたら、二十歳になる娘は、生まれてこのかた、牧元家伝来の苺食法には触れていない。

いつも丸かじりである。

ではかじり派は、いつ頃からつぶし派を凌駕したのだろう。

以下次号。