モロコを焼いて30年。

食べ歩き ,

「30年焼いてます」。中居さんはそういって、一匹ずつ焼きだした。

正面には浮御堂。
琵琶湖の対岸には、近江富士が見える。

 

ひうおの生姜和えに

フナの子まぶし。

ぬる燗でゆっくりとやっていると、中居さんが本モロコを抱えてやってきた。

美しい。
銀の皮目に波しぶきが散っている。
子をはらみ、腹がぷっくり膨れている。20分の一以下だそうである。
90年代には200~400トンだった漁獲量が、7トン以下。
20年前は、簡単にバケツ一杯獲れた魚が、高級魚だ。まず、じっくり両面を焼き、頭を焼くために立てる。

「はいどうぞ」。
と置かれたところを、すかさず箸でつかんで、酢に浸ける。

頭から齧ると、ほのかな苦み走り、その奥から優しい甘みがにじみ出る。
噛み口から湯気が立ち上る。胴体はさらに甘みが増す。
幼く、上品な甘みが、舌に舞い散って、陶然となる。
はらわたのほろ苦み、
子供のうまみ。強いて言うなら、シシャモふっくらと太らせ、身をしなやかにして、
気品と複雑を身に着けさせたような、
小魚の貴族。
琵琶湖の姫と呼ばれてきた味わいだ。

酢に浸けた後
生姜醤油にちょいと浸けても、よろしい。
すごくよろしい。

なくなるのが寂しい。
喉に、胃袋に消えていくのが、惜しい。

刻々と表情を変える水面を眺めながら、ゆっくり噛みしめる。
酒を飲むことさえも忘れて。

以下次号。